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その日は恐ろしい暑さだった。
かつては陸軍の秘密基地であった地下400メートルに位置するこの歩行重機研究所にも当然空調整備は存在したが、午後の動力炉稼動試験のため電力の大半は大型コンデンサのほうに供給されていた。
そのうえ連日稼動しっぱなしの何十もの電算機から放出される熱が研究所全体にこもり、それはもう蒸し風呂に等しい状態だった。
「暑いなぁ…」
薄汚れたソファにだらしなく寝そべった吉澤はつぶやいた。
汗でじっとりと濡れた額をタオルでぬぐい、徹夜でかすんだ目で灰色の天井をぼんやりと眺める。
「かき氷とか食いてぇなぁ…」
冷蔵庫さえ置いていないこの研究所にそんな贅沢なものがあるはずがなかった。
ここに泊り込んですでに5日、持参した水筒の麦茶もすっかり飲んでしまい、せいぜい塩素臭い水道水でのどを潤すぐらいしかない。
長い階段を苦労して地上に上がったとしても、いちばん近い商店までは徒歩で2時間はかかる。
「こんな仕事、やるって言わなきゃ良かった…」
後悔先に立たずである。
吉澤がこの研究所にやってきたのはつい5日前のことだった。
それからというものほとんど不眠不休に近い状態で連日連夜こき使われている。
「かき氷…」
吉澤はもう一度つぶやいた。
(暑い、暑すぎるぅ。もうだめだ…。ああ、太陽の光の一筋さえ射し込まないこんな地の底で誰にも見取られることもなく惜しまれることもなく未来ある純朴な青年の命がまたひとつ尽きようとしている……。ふぅ…どうせ俺なんて誰も知らない怪獣映画の出番の少ない脇役に過ぎないんだ…)
しかし、もうだめだと思ったときから真の戦いが始まるものである。
吉澤政次23歳の場合もやはり例外ではなかった。
絶望の淵を見下ろす彼の頭脳が晴天の霹靂のごとく一閃したのである。
「そうだ! 京都、いや違っ……作ればいいんじゃん、かき氷!」
彼はソファからコメツキバッタのように跳ね起き、休憩室を勢いよく飛び出してキャットウォークを走りだした。
(所長はついさっき娘さんを迎えにいくと言って最寄のバス停まで行ったから少なくともあと1時間は戻ってこない。ということはこの研究所には今は俺一人ということ。この計画を決行するには今しかない。名付けて「かき氷製造作戦」。…ってそのままだけど、つっこむヤツさえいないんだ、かまうもんか。今の俺になら新世界の神にだってなれる! アハハ、アハハハハハハ! 愚かな地上の人類ども、100万年に一度の天才・吉澤政次様の御前にひれ伏してもらおうか! ぬははははぁ!)
吉澤は稼動試験を数時間後に控えた惑星開拓用巨大歩行重機・MI-6二号機の背面を人間とは思えないほどの速度と挙動でよじ登り、第18メンテナンスハッチをバールのようなものでこじ開けるや否や、狭く暗い通路の内部へと侵入した。
「えーと、確かこのあたりに……。お、あったあった」
吉澤の持つ懐中電灯が照らし出したのは、酒樽をひとまわり小さくしたぐらいの銀色のボンベだった。
ステンシルで《液体窒素》と表記されている。
「沸点マイナス196度の超低温の冷却材。原子番号は幸運のラッキーセブン。未来から来たリキッドメタル野郎だって凍らせられる魔法の液体…。ヒヒヒ。ちょっと借りるだけだからね〜」
つづく
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