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日光東照宮へ行きました

 投稿者:木村 堯  投稿日:2017年 6月26日(月)09時54分50秒
返信・引用 編集済
  今年3月、昭和の大改修以来、40数年振りという大工事が終了した、と伝えらえたので、
行って来ました。記録によると恐らく10年振り、最後の見納めの積りでした。
東照宮は見違える程輝いて見えました。建物全体は勿論ですが、東照宮には5,173個もの彫刻
があるんだそうで、これまた見応え十分でした。中でも、やはり陽明門は目を見張る程でした。
この陽明門だけでも、彫刻の数は508個とのことです。
2枚目の写真は、ご存じ「眠り猫」ですが、最近TVや新聞で伝えれたところによると、職人が
何かの記録で、猫が若干”うす目”を開けていると知り、そのように修復したんだそうです。
しかし、周囲から違和感があるとの意向で元に戻されたとか。修復前を記録したかったのに残念でした。
最後の写真は二荒山神社です。ここをゆっくり回った記憶がなかったので、入念に見て回りました。
何でもここは、健康を司る神社とかで、お賽銭を弾んだことは言うまでもありません。
帰りの特急では、ビールと水割りウィスキーで、旅を満喫しました。



 
 

松江に旅行しました。(最終回)

 投稿者:木村 堯  投稿日:2017年 6月 3日(土)14時04分32秒
返信・引用 編集済
  ご存じ、出雲は神話と伝説の里。出雲大社は江戸時代まで「杵築大社」(キズキタイシャ)と呼称されていたとは、今回初めて知りましたが、
「因幡の白兎」で知られる、大国主命を祭った社だとは承知していました。1枚目の写真はこの像です。2枚目の写真も大国主命なのですが、
初めてこれを見て、何を意味しているのか分からず、帰宅してから調べてみました。
日本書紀によると、大国主命は、大和の国造りのパートナーであった「少彦名命」(スクナビコナノミコト)が常世の国へ帰国してしまった為、
途方に暮れて一人で思案していたところ、神々しい光が海を照らし、大国主命にパワーを与えたとありました。この光が「幸魂奇魂」
(サキミタマ、クシミタマ)を表現していた玉だそうです。
因みに、大国主命は、八岐大蛇を退治したことで知られる「須佐之男命」(スサノオノミコト)とクシナダヒメの愛娘と結婚した由。
須佐之男命は、天照大御神の弟です。
最後の写真は、古代出雲歴史博物館に展示されていた、当初建立されたと推定された大社の模型です。平成12年に境内の工事中発掘された巨大な
柱の一部から、識者が推定したそうで、本殿の高さ48m、階段の長さ100mの超高層神殿とのこと。現在の大社の高さは24mだそうです。
出雲地区は戦災に遇わなかったそうで、古い街並みの残る落ち着いた郷でした。
 

松江に旅行しました。(その3)

 投稿者:木村 堯  投稿日:2017年 6月 1日(木)19時31分7秒
返信・引用 編集済
  今回の旅行は、3泊4日の「玉造温泉のんびり滞在」と名をうったフリー・コースでした。
航空機利用ですから、初日と最終日は移動日ですので、中二日のみが自由時間という訳です。
偶々、ホテルの目の前から、松江城とか出雲大社行きの路線バスがあったので行動は楽でした。
我々は、松江城と出雲大社を選びましたが、両日共、徒歩約2万歩、久し振り十分に歩きました。
この日は出雲大社へ初めて参拝しました。「縁結び」大社ですから、小銭を沢山持って、
あちこちで賽銭をしましたが、我々夫婦は今更縁結びでもないので、夫婦揃って健康であと数年は
元気で過ごせるようにと願を掛け、ついでに、孫たちの成長を祈りました。
今回は、ありきたりとも言うべき、入り口から神殿までの写真を掲載しますが、次回は最終回と
して、TVではあまり放映しない写真を掲載したいと思っています。
出雲そばは誠に美味、加えて、島根県の地ビールは最高でした。ホテルの目前が酒屋でした。
 

赤坂迎賓館、旧古川庭園など見てきました。

 投稿者:山内廣美  投稿日:2017年 5月30日(火)10時13分59秒
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  バス旅で迎賓館赤坂離宮、日銀本店、貨幣博物館、築地場外市場、旧古川庭園のバラ展
を見てきました。

迎賓館はかつて紀州徳川屋敷があったところに明治42年に建てられたネオバロック様式
の西洋風宮殿建築です。
昭和天皇、今上天皇が一時期お住まいになった以外東宮御所としてはあまり使われること
がなく、戦後は建物、敷地とも国に移管され、昭和49年(1974)に迎賓館赤坂離宮として
完成したとのことです。

現在では、世界各国の国王、大統領、首相などの国賓、公賓の宿泊や接遇、歓迎行事を
始めとして、首脳会談や会議などに使われているとのことです。

館内の見学は順路に従って一階玄関ホール、そして赤じゅうたんが敷き詰められた
中央階段を通って2階大ホール、見事な装飾、大シャンデリア、家具、壁面や天井に
描かれた大絵画の部屋がありました。

明治期の建築、美術の総力を結集して建設されたこの建物は現在国宝に指定されて
おり、まるで西洋の著名な古くからある美術館を見学しているようでした。

残念ながら内部の写真撮影は禁止とのこと、本館外部、前庭、噴水がある主庭、
大きな正門などの写真を撮ってきました。

続いて日本橋の日銀本店本館の営業部門の一部見学、そしてお馴染みの大理石造りの
旧本館内を見学しました。
迎賓館と同じくここも撮影は禁止、入館に際しての持ち物チェック、身分証明書
の確認など厳しいものでした。

旧館は現在リニューアル中とのこと、かつて使われていた地階にある大金庫室
の内部を外側から覗いてきました。

日銀本館の隣に貨幣博物館があります。ここではお金の歴史、古代の和同開珎や
中世、近世江戸時代の大判、小判、そして近代の各種お札日銀券などが展示
してありました。

築地場外市場は平日でしたが、多くの人が訪れ外国人観光客なども交じり賑わって
いました。
ここでは新鮮な特注の握りずし、美味しくいただきました。

最後は、北区にある旧古川庭園のバラ展を見学、そして日本庭園、洋風庭園を
散策しました。
写真は石造りの洋館(大谷美術館)です。


 

旭市防災資料館見学

 投稿者:小川 博寿  投稿日:2017年 5月22日(月)18時08分51秒
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  異常な5月での真夏日が続くと、年寄りには身に堪えますね。
今後この傾向が毎年強くなると思うと、そう長くない先が思いやられます。
昨日、日曜日、近くの自主防災会が主催する防災研修視察バスツアーに便乗して、千葉県で唯一津波被害で16名の死者、行方不明者を出した旭市の防災資料館を訪ね、改めて災害時の自然の驚異に目を見張り、日常の防災対策の重要性を痛感しました。
帰路は昼食後海から離れ、成田空港方面に向かい航空機離着陸見学に成田さくら山公園に寄り帰ってきました。
写真は村の大型バス・たいよう号。  津波で流された民宿の跡地に出来た・潮騒ホテル・
内部常設の・旭市防災資料館。  成田さくら山公園。
 

山野草

 投稿者:黒沢吉信  投稿日:2017年 5月 9日(火)15時54分8秒
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  野草は春に多く咲きますが、西多摩新聞に「クマガイソウ」が見頃との記事が出ていましたので
近くにある瑞穂・耕心館に出掛けました。あまり見かけ無いユキモチソウ、ウラシマソウもありましたので写真を撮りました。ご笑覧下さい。
 

生きる力

 投稿者:小川 博寿  投稿日:2017年 4月27日(木)23時08分24秒
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  木村さんランの小鉢の写真、懐かしく拝見しました。 一昨年の深大寺でのクラス会から2年、今年も芽を出して来月には花を咲かせようとするその生命力は素晴らしいですね。
私の住む千葉県唯一の村、長生村では例年より早く田植えの最中を迎え、既に7割方は終わっていて、1年の繰り返しが早まってきているようです。
来月、ランの小鉢の開花を楽しみにしています。
 

泣く子とお天気・・・・

 投稿者: 小川 博寿  投稿日:2017年 4月10日(月)22時11分30秒
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  昨日の9日、日曜日は茂原健走会の練習会場でもある、茂原公園で花見の予定日でした。
朝から雲行きが変でしたが会場に行ったところ、花見は中止となっていました。
桜はここ二~三日の暖かさで満開お見頃、広場は露天商が、野外ステージは催事の準備で
万端でしたが・・・・・泣く子とお天気には~散々の一日でした。

   花筵(はなむしろ)準備万端天仰ぐ
 

やっと満開

 投稿者:茂又弘道  投稿日:2017年 4月 8日(土)20時53分46秒
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  今年のさくらは開花から満開までの日数が長くやっと満開になりました。
4月6日井の頭公園に出かけましたのでその折の写真をお目にかけますのでご笑覧ください。
 

桜満開

 投稿者:山内廣美  投稿日:2017年 4月 6日(木)15時14分23秒
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  家の近くにある公園の桜を観てきました。
桜は満開でした。
写真を掲載します。ご笑覧ください。
 

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