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白糸台地を訪ねて その18 新小 3

 投稿者:イエペス  投稿日:2012年 5月30日(水)10時36分47秒
返信・引用
    次は、町役場白糸事務所から農免道路方向へ向かうと四つ角に信号があります。その信号の手前から右へ入り込んだ高台に薬師堂があります。正面軒下には、「明道寺」と書いてあります。ここには、中央に薬師如来像(左手に薬壺をもっています)、その左脇には日光菩薩、右脇には月光菩薩が安置されています。この三体をあわせて薬師三尊と云います。さらにその左右には十二神将が配置されています。

 堂の右壁祭壇には、阿弥陀如来立像と子安観音菩薩立像が安置されています。この子安観音様のお顔は実に柔和で、マリヤ様を想像してしまいます。

 薬師堂の天井から鰐口が吊られています。高い位置にあり刻まれている文字が読めませんでしたが、記録に依れば天和2年(1682)に奉納された鰐口のようです。この薬師堂は、国郡一統志と云う江戸時代初期に書かれた本の中にも記載があるので、かなり古いお堂ですね。

 お堂の正面左には、佐藤家の先祖供養塔が建っています。明治5年(1872)建立となっていますが、どうしてこんな所に建てられたのでしょうね。

 薬師堂をあとにして、農免道路を南へ下ると旧道との合流近くに猿田毘古大神塔が建っています。明治44年に林末記という方が建てられたものであることが塔に刻まれています。

http://www.youtube.com/watch?v=TarJ8-NergE

 
 

白糸台地探訪 その17 新小 2

 投稿者:イエペス  投稿日:2012年 5月25日(金)08時48分27秒
返信・引用
   地蔵堂をあとにして旧白糸第一小学校前に来ました。
現在は、山都町役場白糸事務所として利用されています。
ここからも、白糸の棚田が臨めます。
一枚一枚の田んぼに、通潤橋を渡った水が張られ、
田植えを待っています。

 今の時期、阿蘇の大観望から阿蘇谷を眺めると、
水が張られた田んぼが、まるで潮が引いた浜辺のように見えます。
そんなところから、阿蘇地方では広々とした水田のことを
「浜」と呼んでいるそうです。

 浜町は山間地にあって、やや広い平坦盆地を有し、しかも低湿地の
盆地であるため古来から「浜」と呼ばれ、浜町となりました。

 水が張られた田んぼを見ていると、そんな言い伝えを思い出しました。

http://www.youtube.com/watch?v=TarJ8-NergE

 

白糸台地探訪 その16 新小 1       

 投稿者:イエペス  投稿日:2012年 5月23日(水)22時57分34秒
返信・引用
   犬飼に続き、先日の日曜日から新小を訪ねています。
新小には白糸保育園があり、昔は浜町地区の子ども達も
熊本バスに乗ってよく通っていました。
かく言う我が家の長男と次男も白糸保育園卒です。

 そんな親しみのある新小ですが、いつも気に掛かる丘が
保育園の後方にあります。まるで円墳のような半球状の丘です。
近づいてみるとそこは茶畑でした。しかも、荒れ放題の茶畑で
丘の上に登るのも困難です。

ここら一帯は、笠月と呼ばれるところです。
一説には、この築山の如き丘が地名の由来だとも言われています。

 笠月には、もう一箇所丘状の地形のところがあります。
県道から現在役場の白糸事務所となっている旧白糸第一小学校へ
入る三叉路の所ですね。道路拡張により、ずいぶん削られていますが、
この丘の上には地蔵堂があり、火伏地蔵が祀られています。
 

http://www.youtube.com/watch?v=TarJ8-NergE

 

白糸台地探訪 その15 犬飼 7

 投稿者:イエペス  投稿日:2012年 5月20日(日)17時09分32秒
返信・引用 編集済
   犬飼の最後は、村の氏神である権現さんにを訪れました。
神社は高台に位置し、その麓には通潤橋を渡った用水が
流れていました。

 ここの神社の拝殿は、神殿の正面ではなく、
右横に位置しています。神殿の正面は、ゲートボール場です。

拝殿の天井には、大きな太鼓が吊られていました。
神殿の扉は閉まっていましたので、
開けるのも恐れ多く参拝だけして神社をあとにしました。

http://www.youtube.com/watch?v=TarJ8-NergE

 

白糸台地探訪 その14 犬飼 6

 投稿者:イエペス  投稿日:2012年 4月20日(金)09時36分7秒
返信・引用
   さて、子安観音から西の方向を見るとイチョウの木が見えます。このイチョウのあるところへ
行くには、、今来た道を少し北へ戻り上の道へ進みます。

 近づけば近づくほど大きなイチョウです。イチョウの下には、2枚の看板が立っています。
うち一枚には「犬飼の大イチョウ ふるさと熊本の樹木 昭和57年12月1日登録 この樹は
ここ犬飼の中心に位置し、地区の各行事はこの地でとり行われてきた。信仰の場、憩いの場とし
て、この樹は、地区住民のために交流の場を提供してくれる。 昭和58年2月 熊本県」と書
かれています。

 もう一枚には、「犬飼 大イチョウ(御霊木) 1樹高27m 1周囲7m 1樹令 700
年(推定) 由来 阿蘇家出城、愛藤寺城々主犬飼氏の時代、少ない米を補うため、保存に優れ
栄養価の高い銀杏を植えたとされている。昔からこの地で住民の交流の場、憩いの場、信仰の場
としてされていた。」と書かれています。

 私がこの地を訪れたときは、イチョウの真下を除き周囲が野焼きされていました。イチョウの
実がたくさん焼け残っており、今でもこのイチョウが多量の実を付けていることが見てとれまし
た。

 この地を高台からみると前方後円墳のような形をしており、ちょうど大イチョウのある位置が
後円墳の中心当たりに位置しています。また、この丘の西側法肩には板碑が並んでいます。昭和
12年の調査では、この板碑は400年前の墓碑だと語られたそうです。

 このイチョウの下には、石像の菩薩も祀られています。標木には「銀杏を食し長寿になったこ
とを感謝し建立された。」として「長寿観音」と書いてあります。お地蔵さんも観音さんも同じ
菩薩ではありますが、その姿はやや違います。観音さんの方は、首飾りや腕輪といった装身具を
つけていることが多く、 一方、お地蔵さんは出家したお坊さんの姿で表わされます。ここの菩
薩様は、私の目にはお坊さん姿のように見えますが、蓮の花の上に立っていらっしゃいます。
次回訪れるときは、もう少し詳しく拝観したいと思います。
 

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